職場における「心理的安全性」という考え方は1960年代の米国に端緒がありますが、最近になって日本でもヨーロッパでも知られるようになりました。ハーバード大学のエイミー・エドモンソン教授の著書が2018年に英語で、2021年に日本語で出版されたことによるものです。
ヨーロッパでは、ダイバーシティ&インクルージョンの基本として、特に女性が影響を恐れず発言できると感じられる職場を考える際に、このコンセプトが用いられています。日本では、職場でのハラスメント、特にパワハラの予防に関係していて、これは上下関係や年齢のダイバーシティと関係があります。
エドモンソン教授は、この研究をした際にダイバーシティ&インクルージョンやハラスメントのことを考えていたわけではなかったと話しています。むしろ関心を寄せていたのは、高パフォーマンスのチームの特徴を見つけることでした。知識労働が増えるにつれ、たとえ同じ場所にいないとしても、コラボレーションのニーズが高まると感じたためでした。世界各地にチームのいる多国籍企業では以前からそうでしたが、コロナ禍で在宅勤務が広まり、同じオフィス内のチームにも当てはまるようになりました。
エドモンソン教授が立てた仮説は、高パフォーマンスのチームとはエラーが最も少ないチームで、そうしたチームではチームワークへの満足度が最も高くなるという仮説でした。ところが実際には、互いへの尊敬と信頼とコラボレーションが根付いているチームはエラーの数が多いことが分かったのです。エドモンソン教授は、居心地の良いチームは慢心するからだろうかと考えましたが、さらに研究を進めたところ、居心地の良いチームでは間違いを安心して報告でき、話し合って過ちから学びやすいことが判明しました。尊敬と信頼とコラボレーションのレベルが低いチームは、実際にはエラーが多いものの、隠している可能性が高いと見られました。
エドモンソン教授は、間違いを犯すことに対して恐怖感を生み出すようなリーダーが問題になることを指摘しながらも、要求水準を下げなければならないわけではないと論じました。高パフォーマンスのチームは、高い水準を掲げ、かつ学習・改善・革新への恐れのない環境を持つ必要があります。
では、ヨーロッパで事業展開する日系企業は、この考え方をどのように活かせるのでしょうか。過去20年以上にわたり日系企業に研修を提供してきた経験から私が感じるのは、日本人駐在員とヨーロッパ人の現地スタッフの人間関係は非常に良好だということです。どちらのグループも、同僚は話しやすく、礼儀正しく、親切だと感じています。問題は、日本の本社と現地オフィスの関係です。日本人駐在員には、駐在中に間違いを犯すことを恐れる気持ちがあります。究極的に自分のキャリアが日本の本社の意向で決まるからです。
一方の現地スタッフは、恐怖よりも苛立ちを感じています。改善や革新のための提案をすると、日本の本社には何の影響も及ぼさないことのように見えても、きわめて些細な点まで説明を求められ、実に官僚主義的な要請を受ける羽目になるからです。
日本人駐在員と現地スタッフから成るグローバルなチームなのだと認識して、それに応じたコラボレーションと学習とイノベーションのプロセスを整備することが、日本の本社の肩にかかっています。
この記事は、2023年11月8日の帝国データバンクニュースに日本語で最初に掲載されました。
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