
『レジリエンスの時代 再野生化する地球で人類が生き抜くための大転換』(集英社シリーズ・コモン)ジェレミー・リフキン著 柴田裕之 訳
現在、第二次トランプ政権が実施し、世界に大きな嵐を呼び起こしている
相互関税の目的は何か? その政策の背景にはどんな考え方があるのか?などを、より詳しく知りたいのであれば、この本は一つのヒントになるかもしれない。
2020年の「WSJ」にウイリアム・ガルストン(ビル・クリントン元政権の国内政策担当副補佐官)が書いた記事は、「効率だけが経済の美徳ではない」と主張し、アメリカ経済の大転換を迫る内容だった。アメリカ経済は「効率主義でレジリエンスに欠ける」という意見が放たれたのだ。「レジリエンス」とは、物理学から来たもので、例えば人がクッションに座った時、クッションはへこむが、人が立ち上がるとそのへこんだ部分は反発して戻る。その戻る力を表す言葉だそうだ。しかし、現在は「レジリエンス」の言葉はあらゆる場面で乱発され、定義づけもあいまいで、専門分野によってニュアンスも異なり、様々な意味で使われている。この本では、「レジリエンスとは、以前とは異なる新しい水準で適応し、自分の居場所を確立する能力」と定義づけている。そして、WSJの記事に共感し、ウイリアム・ガルストンを応援したのが、第二次トランプ政権で国務長官を務めるマルコ・ルビオなのだ。「2020年のウイリアム・ガルストンの記事に、さらに攻撃的に後追い掲載したマルコ・ルビオの記事が、アメリカ経済界に衝撃的な反応を引き起こした(p.28)」というのは重要で、マルコ・ルビオが国務長官を務めるトランプ政権の背後にどんな考えがあるのか?を読み解く鍵になる。
さて、長年、アメリカの産業、経済界は「効率化」と「利益主義」に邁進してきた。ついにはテイラー方式とか、リーン方式とか呼ばれる「効率の権化」を作り出し、フォードやアマゾンに代表されるようにITを使った効率化が究極まで進められた。労働者はトイレ時間までITによって管理されるようになる。気付くとITを使っていたつもりが、『2001年宇宙の旅』と同じく、ITに使われていたのである。そこで改めて「人間が生き残るための反発力(レジリエンス)を育てる。それも過去に戻るだけではなく、新しい価値観を持った「レジリエンス」が必要だ」という思想が求められるようになる。著者・ジェレミー・リフキンは、分野によって異なる意味を持つ「レジリエンス」という概念を、物理学、哲学、化学、生物学、生態学、博物学、経済学などの分野を通して検証し、分析し、説明しようと試みる。
さらに現国務長官のマルコ・ルビオは、その「レジリエンス」を政治、経済に当てはめる。アメリカのビジネス界が製造拠点を開発途上国へと移転させる一方で、金融とサービスを基盤とする経済を構築してきたことを非難し、レジリエンスを欠いているため、危機に直面した時に壊滅的な結果を招きうる(P.28)と警告するのだ。リーマンショックはその代表例だ。同時に自然界では「気候変動」という深刻な問題も進行している。欧米には「人間のために自然を作り変える」という思想がある。その思想に「待った」がかかったのは、2019年に中国湖北省武漢市で始まったCOVID19の大流行の時だと著者のジェレミー・リフキンは言う。欧米の支配層は、COVID19の大流行を前に、解決方法が見つからず、人間は手をこまねいて見ているしかなかったのだ。それは、誰にでも14世紀の欧州におけるペスト流行を思い出させた。
著者はインターネット革命によって「我々は現在、第三次産業革命のただ中にいる(P.278)」と断言し、リーマンショックやCOVID19の恐怖や反省をどのように活かし、レジリエンスの力を育てていくのか?と問う。
訳者が最後にまとめているのだが、レジリエンスのために必要なのは①インフラの発達、②人間の持っている適応能力、➂共感能力―だそうだ。未来に関心があり、リーダーになるための自己鍛錬の意欲と知識欲のある方には、一読する価値があると思われる。
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