長期のコーチングが始まると、クライアントの上司や同僚、部下と面談して、クライアントに関する情報を集めます。その中で部下の人からときどき耳にする言葉が、

「あの格付けになると、あすこまで働かなければならないと思うと、私は昇進したくない」

 これは、日本人だけでなく、アメリカ人の部下からも出てくるコメントです。しかし、日本人には昇進に対して、ぼんやりとした不安を感じている人が多いようです。昇進させられてしまう。大量の仕事を請け負うことになってしまう。週末も仕事に追われるのではないか。風邪をひく前に、ひいたらどうしようと考えて不安になっている、そんな感じです。この点アメリカ人はもう少し割り切っていて、環境が嫌なら変える努力をしてみて、それがダメなら社内異動を交渉して、それでもダメなら転職しよう、という人がほとんどです。

 この違いは主に労働市場や仕事に対する考え方の違いからくるものですが、もう一つの違いは、日本人の社員には「将来、自分はどうありたいか」を言葉にしてきた人が少ないことです。自分の理想や願いを考えてもしかたがない、どの道なるようにしかならない、という諦めがあるのでしょうか? 周りの環境や期待に合わせて与えられた役を果たすべき、と思っている人もいるでしょう。

 理由が何であれ、会社の上役たちのような働き方をしたくない、という思いが先行しています。その思いが部下からその部下へと繋がっていくとしたら、「やらされている感」の強い社員だらけになってしまいます。

 仕事も人生も、ままならないものです。ですが、自分の理想を具体的に描き、言葉にできていると、どこをどう修正したいか、その糸口が見えてきます。多少なりともコントロールできる部分がでてくると励みになり、生活に張りが生まれます。

 たとえば、気分転換の上手な人になりたいという理想をお持ちの場合は、水曜日の残業を減らす、土曜の朝に魚釣りに行く、日曜日は家族と散歩やゲームをするなど、お好きな気分転換の場を設けるのが目標になるかもしれません。ボランティア活動を通じて社会貢献したい、物事についてじっくり考える時間が欲しい、婚活や推し活をしたいなど、それぞれにいろんな理想や希望があるでしょう。

 会社の上役の方々の働き方に合わせようとする前に、まずはご自分がどうありたいかを言葉で定義してみましょう。ご自分の理想につながる何かを始めることで、心の霧が部分的にであれ晴れてくるでしょう。小さなことでも実行してみると、意外と達成感があります。

 どうぞ、お試しを。 *河北新報にアメリカの日常に関するエッセイを書いています。ご興味のある方は、こちらへ。海外通信

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