日本入国に立ちはばかる官僚手続きの壁 PCR検査と誓約書にまつわる特定の規則が外国人に課題を提示

日本入国に立ちはだかる官僚手続きの壁

PCR検査と誓約書にまつわる特定の規則が外国人に課題を提示

このポストは2020年10月26日のジャパンタイムズ記事の和訳です。

日本が再び国境を開き始めた事を知ったアン-ソフィー・エムパコ氏は、合格が決まった慶應大学の臨床心理学博士課程で研究を開始することに胸を躍らせた。
今春からキャンパスで研究を開始するという彼女の計画は、新型コロナウイルスが世界中に蔓延し始めたのを機に、軌道を逸してしまった。日本への入国が出来る日をフランスで待つ日が続いた。長期戦となった不安な日々について彼女は「人生で最もストレスに満ちた体験」だったと語る。
しかし日本入国に際してのガイドラインを読むと、ひとつ困った要求があることに彼女は気がついた。「出発前72時間以内に実施された」ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査でCOVID-19に陰性の結果が出たことの証明書を提出しなければならない。
エムパコ氏は、フランスの「多くの検査所で、旅行など緊急性の無い場合の検査が拒否されている」ことを知った。いろいろ探し回った結果、彼女は旅行者に対しての検査を十分な速さで実施出来ると誇る唯一の機関をようやく探し当てた。
しかし問題がひとつあった。同じサービスを探して旅行者が殺到し、エムパコ氏の出発のタイミングが危うくなる可能性があることだ。検査を受けてから三日間以内に結果を入手しなければならない。フライトに間に合わない危険性もある。彼女は「非常に気が気でない」数日間を過ごすことなった。
エムパコ氏は、日本入国に関する官僚手続きの壁に苦しんでいる多くの外国人の一人である。新型コロナウイルスの拡散を防ぐため今春に始まった日本の厳しい出入国管理が、永住者も含めて日本への帰国を困難なもの、時には不可能なものにしている。雇用契約の履行や日本の教育機関での学習の開始または継続が出来ずにいる人々が多数存在する。
9月に制約が緩和され、10月初めから現行及び新規の外国人居住者が日本へ来ることが可能になった。しかしその為には、莫大な量の書類を準備しなければならない。
海外に住む人々にとって、出発前のPCR検査(日本到着後外国人と日本人両方に再検査が実施される)が、非常に困難な条件となっている。
国によっては、日本が要求している出発前の検査の条件を満たすことは、ほぼ不可能に近い。それには次のような理由がある:COVID-19の症状がない人に検査を実施していない。検査を要求された時間内に処理できない。検査結果が日本の要求する書式ではなくメールで通知される。日本は医師のサインを要求しているが、医師は忙しくてその要求を満たすことが出来ない。結果を英語で入手できない。
日本に31年間住んでいる外国人居住者キャメロン・スウィッツァー氏は、母親の死を機に9月に母国カナダへ帰国した。用件を済ませた後、日本へ戻ることを希望する彼は、出発前の検査に関する要求に阻害され戻ることが出来ないでいる。
「ここでは迅速検査は発達されていません」、とアルバータにいるスウィッツァー氏は語る。現在当地で検査にかかる時間は3〜6日間とされている。彼は既に3回PCR検査を受けているが、3回とも結果が3日以内に戻ってきていない。
「現行の、PCR検査結果を72時間以内に提出というのは現実的ではありません。公平でもありません。」と彼は言う。「私は家に帰りたいだけです。私の生活は日本にあります。」
スウィッツァー氏は、日本人には出発前の検査が必要でないことに、特に苛立ちを感じている。
「新型コロナウイルスに感染するのは外国人だけなのでしょう」と、皮肉混じりに彼は言う。
ソーシャルメディアには、出発前の検査の要求により日本へ入国出来ないでいる人々の類似した体験談があふれている。英国人エグゼクティブコーチのポーラ・スガワラ氏は、ロンドン郊外で条件を満たす検査所を探すのに苦労したと述べ、環境工学を学ぶアンナマーリア・マツーリコヴァ氏は母国スロバキアで72時間以内にPCR検査結果を出してくれる検査所を未だに見つけることが出来ないでいる。
法的文書の専門家でビサ関連の仕事をする行政書士の辻太輔氏によると、日本が検査完了に72時間という期限を選んだ「根拠がどこにあるのかが不明」。
神戸大学院医学研究科の感染症専門家岩田健太郎氏は、「SARS-CoV-2は国籍には無関心です」と語る。
岩田氏は、再入国に関する条件を、日本人であるか否かに関わらず統一することが論理的であると言う。到着後に検査するにも関わらず出発前の検査を要求することは「やった感を醸し出す以上の効果はない。」


足踏みさせる誓約書

雇用または通学のために日本へ来る新たな居住者を足踏みさせているもうひとつの障壁は、就労者または学生(及びその配偶者や扶養家族)の入国が「真に急を要し、必要不可欠な理由を具体的に」記述し署名するという威圧的な誓約書が組織に要求されていることである。
誓約書には新入国者に要求される複雑な検疫と健康に関する提出書類が規定されており、その準拠にあたって雇用主が困難な立場に置かれている。誓約書の最後には、誓約が遵守されない場合、つまり何か問題が起きた場合には、その会社が責任を持つことが記されている。その結果、それらの組織は公に名誉を損傷され、将来海外からの雇用が難しくなる可能性がある。
このように複雑で馴染みが薄く責任の重いことに組織が躊躇するのは自然なことである。従って多くの企業と教育機関がそのような書類にサインすることを躊躇し、就労者及び学生に日本に来て新たな生活を開始することを更に延期するよう依頼する結果となっている。扶養配偶者を日本に連れてくることを想定していた人々にとって、状況は更に困難なものとなっている。多くの企業と大学が就労者及び学生の、過去に会ったこともなければ直接関連もない配偶者のために署名することを躊躇しているかあからさまに拒否している。
トマスとワレーリヤ・ファイスト夫妻がその例である。ワレーリヤは夫であるトマスの為に大学に誓約書への署名を依頼した。トマスは今春、政府のガイドラインに則ってビサの更新のため母国ポーランドに帰国した。パンデミックが起こり、ワレーリヤが東京大学で言語学の研究を続ける中、トマスはポーランドに立ち往生となった。大学関係者はワレーリヤに、彼女の扶養配偶者ではあるが大学側とは一切関係のないトマスの為に大学が書類にサインするか否かについて相談する必要があると言い渡した。
先週ファイスト夫妻のところに良い知らせが届いた。大学側は未だに回答を出していなかったが、夫妻は別のルートを通して人道的基盤からトマスの日本入国を確保出来た。
しかし全てのカップルがそのような幸運に恵まれている訳ではない。官僚手続きの対処法に関する秘訣や解決策を探して、フェイスブックに様々なグループが立ち上げられている。そのひとつ、Return to Japan Support Group(日本に戻る支援グループ)は最近簡単なアンケートを行ったが、その結果、扶養家族の入国を希望する人々のうち、30%が企業または大学から誓約書への署名を拒否され、30%が未だに回答待ちであることが明らかになった。


官僚手続きの複雑さ

間違いを避けることが最優先される文化において、しかも新型コロナウイルスのような危険性の高い事柄について、問題回避に最善を尽くしていることを見せることは政府にとって多大なインセンティブとなる。
数え切れない程の官僚的至難の克服を強いられている外国人及びそのスポンサーとなっている組織は、ストレスと憤慨を感じているかも知れないが、細かい書類を好む政府の立場からは、それは普通で慎重なことにしか写らない。
沢渡あまね氏は組織の効率化を専門とするコンサルタント及び著作家である。彼は外国人の入国に関する複雑な要求は「旧態依然な日本のお役所仕事」だとしている。
パンデミックの最中に入国を許可するにあたって注意が必要なことは理解できるが、その方法に問題がある、と彼は指摘している。
沢渡氏は、海外ではCOVID-19の症状がない人々がPCR検査を受けることの難しさを日本が理解していないこと、また検査の結果をデジタル化ではなく書面で要求していることで、日本は「俺様基準」を他国の人々に押し付け、「グローバルな視点や感覚を欠いている」としている。
この記事のために話を聞いた多くの人々に共通しているのは、どの大使館または領事館(あるいはそこに居るどのスタッフ)と話すかによって、情報や判断が大きく異なるということである。沢渡氏は、担当員によって決定内容が異なることが特に問題であると指摘し、そのため日本に対して不満を感じる外国人の数が増える危険性があるとしている。
日本は「ブランドマネジメントの観点をもって」この課題を検討する必要があると沢渡氏は述べる。「「外国人が働きたい国」で日本が33カ国中32位なる調査結果もある。いままでの働き方を見直さずして、さらにはその入り口である入国受け入れ制度や手続きを複雑かつ日本ガラパゴス仕様で放置しておいて、外国人に来てもらえると思うこと自体が間違っている」
沢渡氏は、日本に対してネガティブな感情を抱く人の数を増やすことにしか通じない重箱の隅を突くような手続きに政府が捉われず、その代わりに日本で働きたいと考える日本のファンを増やすことに焦点をあてる努力をすべきだと述べている。
移民専門家の辻氏は、残念ながら政府がやり方を変えることについてインセンティブがほとんど無いと指摘している。
「政府にとっては、今の状態で何となく上手くいっている」と彼は述べる。事実、海外から入国する外国人に起因する新型コロナウイルスのクラスターはこれまで一件も確認されていない。
その結果、政府は現行の政策を維持し、近々何らかの変更が実行されることはまず無いであろう、と辻氏は感じている。官僚手続きの壁にぶつかり苦労している人々にとって、それは悪い知らせである。また、現在日本に滞在中で母国に旅行を考えている人々は二の足を踏んでいる。
日本はソフトパワーを巧みに操り、観光し、日本製品を購入し、日本の大学で学び、縮小している労働人口を補う人々を海外から引き寄せることに力を入れてきた。しかし官僚的なあら探しが文化の輝きを損なう羽目になると、日本は最大のファンとなるべき人々を疎遠にすることになりかねない。