19. 青天の霹靂(へきれき)【コラム:見る前に跳べ】

前回の記事で「白」について触れました。今回は「青」について話したいと思います。可視光スペクトルで、緑の次にくるのが青です。でもどの時点で緑ではなく青と呼ぶのかについては、文化によって違っているようです。我々日本人は多くの場合、「緑」であるべきところを「青」とよんでいます。

例を挙げると、「the grass is always greener on the other side of the fence」があります。日本語にもこれに相応する表現がありますが、それは「隣の芝生は青い」となり、緑の代わりに青が使われています。

アメリカで信号機は、赤(止まれ)– 黄(急げ)– 緑(進め)です。あれ、違いますか?黄色は「急げ」ではなく「安全に停止できる場合は止まれ」でしたか?すみません。言いたかったことは、これが日本では、赤 – 黄 – 青になるということです。アメリカに引っ越してきた最初の頃、これに慣れるのに苦労しました。信号が赤から青に変わった際に、「緑です」ではなく「青です」と言ってしまい、周りの人から「いったい彼女は何を言っているんだ」という不思議な顔をされました。

アメリカでは若いことは緑と結び付けられています。「あなたはまだ緑だ」は、まだまだ学ぶことがたくさんある、という意味になります。しかし日本では、その場合の色は「あなたはまだ青い」と、青になります。その延長線上で、熟する前の果物はアメリカでは緑ですが、日本では青です。熟していないバナナは、アメリカでは緑ですが日本では青になります。

生まれたばかりの若さを表現する際、日本では尻が青いと言います。これは多くの日本人の赤ちゃんのお尻に青い蒙古斑があることに由来しています。

やきもちが緑の目をした怪物だとすると、緑の眼をした日本人はほとんどいないので、日本人はやきもちを妬かないことになります。「青は藍より出でて藍より青し」は、弟子が師匠を凌駕することを意味します。

緑と青の微妙な境界線について調べることは興味深い文化的探究になるでしょう。上記の内容は世界中の国々でどのように扱われているのでしょうか?それを知るには当然、深い異文化理解が必要となります。残念ながら、それに関して私はまだまだ青い、あるいは緑です。

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